63名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)21:02:06.36ID:2zcaQln/.net
そんなもんだから、映画を見終わった後に交わした感想なんてのは「映像の迫力がすごかったな」だとか、「ラストの盛り上がりはすごがったな」だとか、そんな、同じジャンルならどんな映画にでも言えてしまいそうなものばかりだった。

いや、別にこれは悪いことじゃないんだと思うよ。少なくとも映画の感想という話題で盛り上がれるのは確かなんだから。
初デートの行き先に迷ってるってんならぼくは真っ先に映画をおすすめするね。

なんせ、映画を観ている間は話さなくたって楽しいものだし、感想だってどっかで聞いたような言葉を並べ立てるだけでいいんだから。

実際、そんなことをしているだけでもそこそこ楽しい時間というものはできてしまうんだから、人間ってのは単純極まりないんだろうな。

やっぱり、こんな世界に頭のネジがちゃんとはまりきってるやつなんて誰一人としていないのさ。

ほら、きみにだって、心当たりくらいあるだろ?

ぼくには吐いて捨てるほど、あるさ。
いや、そんなことを吐いて捨てちまうようだから、あるんだな。
64名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)21:25:38.55ID:2zcaQln/.net
さて、その晩、ぼくらは映画の待合室のソファで夜を明かした。

そんなところですら、今までで一番寝心地がいい気がするってんだから、ここ数日のぼくらの寝床の選らばなさったらないね。

なんならホテルや旅館の類いを探し回ってもよかったんだけど何故かぼくからもアカリからもその提案が飛び出すことはなかった。

というのもね、ぼくは。あくまでぼくは、なんだけど、そんな寝心地の悪い夜もどこか好きで仕方なかったんだよ。

なんで好きだったかだとか、そんなことはやっぱりうまく言えやしないんだけどさ、ぼくはうまく眠れなくて二人でipodのイヤホンを分け合うような、そんな夜も好きだったんだ。

きみに伝わる気はしないけど、そもそもぼくはきみに伝える気すらないのかもしれないな。

ある種の思い出や心情ってのは、他人に伝えることももったいなくなるときがあるんだ。

減っちゃうわけがないのに、減ってしまうような不安を感じるんだな。

ぼくは少しだけ、ほんの少しだけど、アカリもぼくと同じような気持ちを抱いていてくれたらいいな、なんて思ったんだ。

はたして彼女がどうして寝床に関して文句のひとつも言わなかったのか、ぼくの知るところではないんだけどさ。
65名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)21:41:30.02ID:2zcaQln/.net
翌朝、また車に乗り込んだはいいものの、ぼくらは再び路頭に迷うことになった。

ぼくは自分の地元に帰ってもいいし、アカリはここに置いていったっていいんだろうけど、なんでかそこで別れようって気にはてんでなれなかったんだな。

やっぱり、お互いに寂しかったんだろう。

いろいろと話し合ってみたんだけど、そのうちにアカリが「一度くらい行ってみたいと思ってたんですよね」なんて言って、ディズニーランドの名前を挙げてさ。
ぼくも行ったことがないもんだから、一度くらいは行ってみるのも悪くはないな、と車を東京まで走らせることになった。

電車で戻ってもよかったんだけど、ぼくたちは車ではるばる東京へと舞い戻ることにしたんだ。

その頃には電子音楽のCDも一通り聴き終えて、流行りの邦ロックなんかを流しはじめていたんだけど、そんなどうでもいいような音楽すら、ちょっとばかし心地よくなってたんだろうな。
66名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)21:49:57.12ID:2zcaQln/.net
車が走りはじめて少し経った頃だった。

アカリが「トオルさんは、この世界のこと、どう思いますか?」なんて、いつか聞いたようなことを聞いてきたんだ。

「それ、前にも聞かれなかったか?」

「前にはちゃんとした返事は貰えませんでした」

その言葉を貰ってもぼくはぱっと答えられるような答えなんて持ち合わせてはいなくてさ。
少し、考えていたんだけどそのうちにアカリは「でも」と続けて言うんだ。

「そうですね。今度は、質問をちょっとだけ、変えてみます」

そう言うと、アカリはうーん、なんて言いながらわざとらしく、ちょっともったいつけて言うんだな。

ぼくが彼女がそれに飽きるのを待っていると、五秒ばかし経って気が済んだようで、こう問いかけてきたんだ。

「世界から人が溢れていた頃と、人が消えてしまった後、どっちが好きですか?」
67名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)21:55:57.15ID:2zcaQln/.net
ぼくはこういうとき。つまり、どこからどう見ても他愛のない、どうでもいいような、くだんない質問ってやつには、自分の意見じゃなくていかにも一般論的なことを言うように心がけているんだな。

だけど、このときばかりはどちらがより一般論的なのかいまいちわからなかった。

というか、ぼくとしてもどちらが好きかなんて、いまいちぴんときやしなかったんだよ。

人が溢れていた世界は好きでもなかったし、人が消えたこの世界も別段好きな訳じゃない。

だから、ぼくはなるべく胡散臭く、偽善者めいたような口調を込めて「どっちも大好きさ」なんておおぼらを吹いてみたんだけど、アカリは少し唸っていたけれど、特にそれ以上追求してくることはなかった。

ぼくは助かったような、少し寂しいような、微妙極まりない気分だったな。
68名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)22:06:09.38ID:2zcaQln/.net
それから他愛もない話をいくらも重ねながらも、東京へと車を走らせているうちに隣から寝息が聞こえてきたもんだから、ぼくはオーディオのボリュームを少しばかり下げた。

途中でコンビニに立ち寄って弁当を適当と飲み物をふたつ、後部座席に乗せて走っているうちに起きたところで昼食を食べることにした。

ぼくはこの頃になると、ふしぶしに非日常や日常を垣間見て、現状が通常なのか異常なのかの区別すら曖昧になってきたような気がしたな。

普通にドライブしているような気がするけど、世界中にぼくら以外の人間がひとっこ一人いやしないかもしれないんだ。
ぼくを取り巻く全てが、まるでもやがかかるような温度差だった。

そう、蜃気楼でも見ているような気分だったんだな。

仕方ないと言わせてくれよ。
ぼくにとっては、ただのドライブすら非日常のようなものだったんだからさ。
69名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)22:13:23.20ID:2zcaQln/.net
ディズニーランドについたのは、夕方になった頃の話だった。

こんな時間からでも楽しめるとは思っちゃいたんだけど、ここ数日ずっと動きっぱなしだったもんだから、なんだか一度ゆっくりしたくなってさ。

ぼくはアカリに「どうせだし、ディズニーホテルってやつに泊まってみないか?」って言ってみたんだ。

アカリはけらけらと笑いながら「いかがわしいことをするつもりでしょう?」なんて言うから、「だったら別部屋でも構いやしないけど」って言ってやったら、アカリのやつはさらに笑うんだな。

「冗談ですよ」

その言葉が聞こえてきたのは、車を降りてからだった。
70名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)22:21:05.01ID:2zcaQln/.net
どうせ誰もいやしないんだからと、ぼくらはディズニーホテルの中でもとびきりに高い、最上級スイートって部屋を検索して飛び込んでみたんだけど、いや、これがなかなかおかしなもんでさ。

インテリアから、広さから何から、落ち着く要素の全くない部屋だったな。

居心地のよさというものには、個人個人に適度な贅沢ってのがあるんだなと思ったよ。

贅沢のしすぎも、これまた落ち着かなくてよくないわけなんだな。

あそこまでの贅沢をする人間ってのは金持ちか、よっぽどのばかか、雰囲気に酔える類いの人間だ。

少なくとも、ぼくのような類いの人間には合わないらしい。
71名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)22:24:39.56ID:2zcaQln/.net
でも、そう。たったひとつ、窓からの景色はとても綺麗だったな。

そこの窓からはディズニーランドが一望できるんだけど、もう暗くなってるぶんあちらこちらがきらきらと瞬いていてさ。星空や街明かりとはまた違った感動みたいなものがあったんだな。

アカリもこれには感動していたようだったな。

景色を抜きにしても、アカリはぼくより幾分かリラックスできていたようだったけどさ。

なんにせよ。

ぼくはあの景色はもう、忘れられそうにないな。

もう一度観ることも、二度とないだろうけどね。
72名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)22:32:23.70ID:2zcaQln/.net
ぼくも、アカリも、風呂に入って、ショッピングモールから持ってきた着替えに身を包んでベッドに入ったわけなんだけど、びっくりするくらい意識することがなかったな。

よくドラマや漫画のセオリーをなぞれば男の側が。つまりぼくがソファーで寝たりするもんなんだろうけど、そんな必要がなかったのは幸いだった。

なんせ、ベッドが大きいからお互いに隅に寄ればさして意識するようなもんでもなかったんだよ。

そもそも、ぼくにとってはこれが、数日ぶりのまともに寝具と呼べるもので寝た時間だったからかあっさりと睡眠に落ちることができたのも大きかったな。

良い人生に最も必要なものは良い寝具だよ、なんて妹が言っていたことがあったけど、あながち間違いじゃないのかもしれない。

きみも、人生が上手くいかなくなったときには、とりあえず寝具にお金をかけてみるといいんじゃないかな。
1001オススメ記事@\(^o^)/2016/07/02 22:09:00 ID:narusoku