74名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)23:04:52.67ID:2zcaQln/.net
翌朝、ぼくらはディズニーランドを練り歩いた。

アトラクションもいくらかのリズムを守って回り続けていたけれど、ジェットコースターなんかは乗ってしまったら固定レバーなんか上げられる気がしなかったから、乗る気にはなかなかなれなかったもんで、穏やかなものばかりを巡っていたように思う。

だからこそ、ディズニーランドだったんだな。ディズニーシーは絶叫マシンの類いが多すぎて、回れたもんじゃないからね。

しかし、まぁ。人のいない遊園地ってのも、悪いもんじゃなかったよ。

都市と同じで、遊園地ってのも人がいなくなるだけじゃ廃墟同然にはなりやしなかったんだな。

ぼくは廃遊園地の画像を見るのがたまらなく好きなんだけど、これはこれで独特なよさがあってよかったよ。

純粋にアトラクションは乗り放題なわけだからね。

そう、例えばプーさんのハニーハントってのがあってさ。

出発時に乗る機械がいくつかあるわけなんだけど、その番号によって移動経路が変わってね。
何度か、機械を乗り換えつつ乗ってみたんだけど、ものによってはハチミツの香りの大砲を撃たれたり撃たれなかったりしたんだな。

そんな些細な発見もちょっとばかし楽しかったな。
知ってる人間に溢れてるものごとだって今このときはぼくら二人しか知ってる人間がいないんだ。

そもそも、ぼくら二人しか人間がいないんだからね。

でも、ぼくもアカリも隠しミッキーの類いを見つけることはなかったな。

ちょっとした心残りといってもいいかもしれないな。
75名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)23:12:19.18ID:2zcaQln/.net
食べ物はそこらの屋台には既製品が置いてあったりするものだから、それらを食べたりしていた。

だから、そう。内装くらいしか見るものはなかったんだけど、ぼくらは不思議の国のアリスのレストランに入ったんだ。

これが普通の世界ってんなら普通の食事をして出てきたんだろうけどさ、ぼくらの世界には人がいないもんだから、注文するにもできなくて、十分ほど、休みがてら、外の世界より随分と高い自販機で買ってきた飲み物を飲みながら座ってたんだ。

肝心の内装はすごくおもしろかったな。席に座ってみるとそうでもないんたけど、見回してみるとカラフルの暴力みたいな内装だった。

外ももう暗くなっていたから、イルミネーションばりにカラフルだったけれど、室内のカラフルさってのはなんだか独特の閉塞感みたいなものがあるんだな。

住めって言われたらぼくなら三日で音を上げるね。
76名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)23:13:51.33ID:2zcaQln/.net
そんなアリスのレストランも十分ほどで出たんだ。

そのときだった。
レストランから出てみると、世界は、様変わりしてたんだ。

いや、正確に言うなら、様変わりってんじゃないな。

単純に、世界は光を失っていたんだよ。

後ろを振り替えると、レストランも光を失った後だった。

世界は、完全に暗闇に沈んだんだ。
77名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)23:21:33.81ID:2zcaQln/.net
十秒ほどすると、目の前にあったメリーゴーランドがきらきらと、黄金に輝きだして、陽気なメロディを奏でながら回り始めたんだ。

暗闇の中で輝くそれは、なんだかとっても綺麗に見えたんだな。

そう、昨日あのホテルからみた景色よりずっとずっと、綺麗に見えたんだ。

「乗れって言われてるみたいですね」とアカリがつぶやくから、ぼくはアカリの手を引いて、メリーゴーランドへと近づいた。

まさに、アカリの言うとおりのようで、近づいてみるとメリーゴーランドは動きを止めたんだよ。

乗れと言わんばかりにね。

仕方ないから、ぼくとアカリは隣り合った木馬に腰かけてみると、メリーゴーランドはまた陽気なメロディと共に回りはじめた。

この数日、いくつもの筆舌に尽くしがたい感情をしてばかりだったけれど、このとき以上になんとも言えない感情になったことはなかったな。

暗闇に沈んだ世界で、黄金に輝くメリーゴーランドと共に回り続けるぼくら。
なんともばかばかしい光景だったことだろう。

気恥ずかしいような、感動するような、もう挙げつくせない程度にはうんと、たくさんの何かが一気に込み上げてきてさ。

きっとアカリも、ぼくと同じような気分だったんだろうな。

「わたし、大嫌いなんですよ。自分も、こんな世界も、全部、全部」

じゃなきゃ、こんなこと口走るはずなかったと思うんだよ。
78名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)23:26:34.66ID:2zcaQln/.net
「いまさらだな」

ぼくは心底から、そう言ったんだ。

「きみのぶち壊した部屋にあった写真立て、あれにはきみが写っていたよ」

そう、タンスから出した白いワンピースも彼女によく似合うのも当然だったんだ。

「あの部屋は、きみの部屋だったんだろう?」

ぼくは、当たり前の、触れてほしくなかったであろうことに触れてしまったんだ。
でも、そういうことに気がついたときってのはだいたい手遅れなんだな。

幸いだったのは、ぼくはそれに触れたところであまり罪悪感を覚えなかったところだ。

なんせ、触れたくてたまらなかったからさ。

ぼくは触れたくてたまらないものに触れてしまったことを肯定できるくらいには、いかれた人間なんだな。
79名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)23:33:23.21ID:2zcaQln/.net
「何もかも、思い通りになんてなりやしないし、くだらないことだらけ。つまんないことばかりに溢れていて、ごみのようなものばかりで飽和していて、すごく、すごく退屈な世界だなって」

そう毒づく彼女を見て、ぼくは初めて彼女の本音を聞いた気がしたんだ。

そりゃあたくさん、ここに書いてないような会話もたくさん重ねたわけなんだけどさ。ぼくとアカリはこの数日で、数えきれないくらいのくだんなくて話を繰り広げ続けていたんだ。

でも、この言葉ほど彼女らしい言葉はないな、と思ったんだよな。

彼女らしさなんてものは、一ミリもわかる気はしないんだけど、そればっかりは胸を張って言えるくらいだったよ。

あえていうならそうだな、きっと彼女の言った愚痴ってのは常々ぼくが思い続けていたことだからなんじゃないかな。

彼女のいうところの世界ってやつが人に溢れていた頃のことを言ってるのか、それとも今の、人のいない世界のことを言ってるのかなんてわかりゃしないけどさ。

どっちにしろ、この世界ってのはくだんないことで溢れてるんだよ。
どこまで突き詰めたってぼくらのいるここは、くだんない世界なんだよな。

人がいようと、いまいと、そこは変わりゃしなかったんだ。
80名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)23:37:55.59ID:2zcaQln/.net
「アカリは世界ってのが嫌いなのかい?」

「えぇ、とっても」

アカリは、ぼくのいうところの世界がどちらかなんてことすら聞きもせずに、そう言うんだ。

ぼくらは、神様の気まぐれでこんな、アリスばりにへんてこな世界に迷い込んだわけだけど、どうやら最後の最後まで神様ってのは気まぐれらしかった。

耳に喧騒がつんざいたんだな。

たまらなくなって、耳を塞ぎながら、あたりを見渡してみると、ながらく見ていない人混みってのがそこにあったんだな。

そう、世界が喧騒を取り戻したんだ。
81名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)23:42:05.85ID:2zcaQln/.net
耳を塞いでいる手を退けてみると、久しぶりの雑踏というやつは思ってたより衝撃的で、流れるような足音が耳を突き刺す度に、脳がぴりぴりするような、目の前がちかちかするような、そんな不思議な感覚になった。

ぼくは共感覚ってやつに懐疑的なんだけど、あの瞬間ばっかりはわかる気がしたな。

そんな雑踏の中でもアカリが「ほら、何も私の思う通りになんてなってくれやしない」って言葉が聞こえたのにはちょっとばかし安心したな。

カクテルパーティー効果というものの偉大さを、ぼくはこれから先も含めての一生、このとき以上に痛感することはないだろうね。
82名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)23:42:32.20ID:2zcaQln/.net
雑踏の中でもアカリ"の"、ですね。
83名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)23:49:08.32ID:2zcaQln/.net
確かに、この世界はくだんないことだらけだ。

ぼくは、そんなくだんない世界ってのが気にくわなくて仕方ない。

ラジオってのはノイズ混じりでくだんない曲を垂れ流すし、電車の揺れも、波の音も、雑踏も、日常の中の雑音でしかない。

音楽だって、映画だって、人間ってのは同じようなくだんないものを延々と作り続けて、狂ったかのようにループし続けるし、炎天下ののコーラなんていつも想像よりずっと期待外れだ。

世界ってのは本当に、最高に、くだんないものばっかで、くだんないものにまみれてばかりなんだ。

本当に、この世界ってのは救えなくて、ばかばかしくて、大嫌いなんたけど。

世界ってのは、死ぬほどくだんないものにあふれているんだけど。

でも、そんなくだんないものの数々がたまらないほど、大好きなんだな。
84名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)23:56:20.96ID:2zcaQln/.net
きっとこの数日の疲れとか、溜まりに溜まった鬱憤だとか、そんなものがここで弾けたんだろう。

「退屈になったら、海に行けばいいんだよ」

柄にもなく、口が滑りに滑っていくんだな。

回り回るメリーゴーランドの上でこんな、くだんない人生観を吐き捨てるようないかれた人間ってのは、ぼくくらいだろうね。

「最高に退屈になったら、映画ってのは数時間程度、音楽ってのは数分程度くらいなら退屈を紛らせてくれる。それでも退屈で仕方ないってんなら、カラオケとか、ボーリングとか……はたまた、遊園地とか。そんな、くだんないことをすればいいのさ」

ぼくの語っているものごとは、ここ数日で起こしてきた行動を描いたようだった。

「確かに、ぼくらの生きてる世界ってのは、くだんなくて仕方ないけれどさ。つまらなくはないんじゃないか?」
1001オススメ記事@\(^o^)/2016/07/02 22:09:00 ID:narusoku