52名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)14:20:22.17ID:2zcaQln/.net
その家に入ったところでぼくはアカリにシャワーを浴びるように促した。

変な意味じゃないよ。単純に、そろそろぼくもシャワーを浴びたい気分だったんだ。

ついでにいえば水に流すだとか、頭を冷やすだとか、そんな表現がぴったりなシャワーってのは、鉄パイプ片手の少女に勧めるべきものだと思ったんだ。

シャワーからあがってきたアカリは真新しい白いワンピースに着替えていてびっくりしたな。
こういうことを言うってのはあんまりぼくの柄じゃないんだけど、よく似合っていたよ。

「どうしたんだ?」と聞いてみると、アカリは平然と「タンスから出してきたんです」なんて言うんだ。

まるでぼくら、RPGゲームの主人公のような価値観になってきたな、なんて思いながら「似合ってるよ」って言ってぼくもシャワールームに急いだ。

なんせ、あのままだと、笑っちゃいそうだったからさ。
53名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)15:37:29.63ID:2zcaQln/.net
シャワーからあがると、ぼくは元々着ていた服をもう一度着ることにした。

少しばかり気持ち悪くはあったけれど、着替えがないんだからしようがない。

そもそも、ぼくには他人の家のタンスを漁るだけの度胸はないんだよ。

アカリの嫌いな人ってのは。あのワンピースの持ち主ってのはおそらくきっと、アカリと同じような中高生の女の子なんだろう。

だとしたら余計に、だ。何を堀り当てるものやらわかんないからな。

このときになって流石にいくらなんでも着替えくらいは持ってくるべきだったな、なんて思ったな。

なんだかんだで家を飛び出してから最初の後悔がこれなんじゃないだろうか。

我ながら、なんとも些細すぎる不満だね。
54名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)17:01:48.51ID:2zcaQln/.net
アカリに手を引かれて、階段を上り、二階の一室に入ってみると、そこはやっぱり、なんというか、あからさまに女の子の部屋だなって感じの部屋だった。

ぼくは女の子の部屋に入ったのも本当に数年ぶりのようなものなんだけど、なんだか込み上げるものは何もなかったな。

きっと、数々の生きた廃墟に慣れすぎて、ぼくにはそこにある生活感というものをすんなりと受け入れることができなくなっていたんだと思う。

少しばかりぼくもアカリも黙って部屋を眺めていたんだけど、しばらくしてアカリは右手に持った鉄パイプを振り回しはじめた。

不思議と、止めようとは思わなかったな。

ただ、ぼくは眺めてただけなんだ。
三面鏡やら、タンスやら、ベッドやらがぼこぼこになっていくその様をさ。
55名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)17:09:31.05ID:2zcaQln/.net
一度、そう。丁度部屋のガラスが大きな音をたてて割れたときのことだ。

「ぼくにできることはないか?」なんて我ながらへんてこなことを聞いてはみたんだけどさ、アカリは「見ててくれるだけで結構ですよ」って言ったんだ。

そのときのアカリは肩で息をしているような状況だったんだけど、ぼくは彼女の言葉に従うことにした。

なんせ、何かをしようにも何をしたものか、わからなかったからね。

ぼくには、アカリの考えているものや抱えているものはこれっぽっちもわかんなかった。

こういうとき、やらなきゃいけないこと以外はやらないに限るよ。

言葉だってそうさ。言わなきゃいけないことは率直に。言いたいことは回りくどく言っておけばいいんだ。
口ってのは災いの元なんだからさ。

そう、つまりね。口だけじゃないなら余計に災いの元になるに決まってる。

だから、こういうときってのは、なにもしないのがベストなのさ。
56名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)17:13:43.62ID:2zcaQln/.net
でも、やっぱり、ぼくは最後までは何も言わずにはいられなかったんだな。

アカリが鉄パイプでふっ飛ばしたものの中のひとつに、写真立てがあってね。

最初は伏せてあったんだけど、吹っ飛ばされた拍子に表を向いてぼくの足元に転がり込んだんだ。

その写真は、両親と一緒に微笑む女の子の写真だった。

ぼくは見るものもないもんだから、その写真をじっと見ていたんだけど、見れば見るほどなんだかやるせないというか、なんともいえない気分になってね。

あぁ、なんでだろうね。こういうときのような、肝心な感情ってのに限っていつも、いつだって、筆舌に尽くしがたいんだ。
57名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)17:17:39.25ID:2zcaQln/.net
とにかく、どこかいたたまれなくなったぼくはアカリを止めようと思ったんだ。

「もう、やめにしないか?」

アカリは相も変わらず肩で息をしながら「そうですよ」なんて返した。

この説得には少しばかり手こずるもんだと思ってばかしいたから、ぼくはちょっと拍子抜けだったな。

とりあえず、ぼくはアカリから鉄パイプを受け取って、そいつをガラスの破片が散らばる庭先の隅に投げた。

もちろん、そのあとアカリを車の中へと乗り込ませたわけだけど、アカリは息が整っても何も言いやしなかったな。

きっとぼくと同じで、彼女もそういうとこが不器用なんだ。
言葉にできないような、そんな気持ちになってたんじゃないかな。
58名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)17:18:04.63ID:2zcaQln/.net
そうですよ、じゃないな。そうですね、です。
59名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)17:28:12.72ID:2zcaQln/.net
少し車を走らせて、ガソリンスタンドに入ったときのことだ。

ぼくは小銭しか持ってなかったもんだから、アカリからお札を借りて少しばかり給油してたんだ。

助手席に座っているアカリが、おそるおそるというように「これからどうしますか」なんて聞くもんだから、ぼくは少し悩むふりをして、給油を終えたときに「じゃあ、ショッピングモールまで案内してくれよ」と答えた。

アカリのやつ、ぼくの言葉を聞いてわけがわかんないな、なんて顔をしていたもんだから、ぼくは言葉を付け加えることにしたんだ。

「服を変えたいんだよ」

なんだか、状況の異常性の中でぼくのその言葉は当たり前のことすぎて、ちょっとちぐはぐな気分になったな。
60名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)18:12:57.09ID:2zcaQln/.net
それから、ぼくとアカリはショッピングモールに行き着いたわけだった。

でもぼくはファッションってのがてんでわかんないものだから、アカリに少しばかりアドバイスを貰うことにしたんだ。

人のいないショッピングモールってのはホラーゲームのステージのような不気味さがあったんだけど、それはそれで独特な雰囲気なもんで、ぼくは楽しめたな。

何より、食事が手軽なのがいい。ショッピングモールってのは既製品のようなものもいろいろと置いてあったりするもんだからさ。

スーパーの弁当だけじゃなくて、ミスドのドーナツなんかも並んでたりするんだよ。

これならこれまでも最初からコンビニよりもショッピングモールを優先していくべきだったな、なんて思ったな。
61名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)18:21:36.55ID:2zcaQln/.net
アカリのアドバイスを受けて、なんて言ったけどほぼほほアカリから受けた指示通りに買ったような服を着て、何着かを予備で袋に詰めて、両手に下げながら歩いていたときのことだ。

ありがちな話なんだけど、どうやらそのショッピングモールの最上階が映画館になっているらしいんだよ。

ぼくは映画ってのはそれこそDVDで済ましちゃうような人間でさ、あまり映画館というものに馴染みはなかったんだけど、どうもこの日は満更でもない気分だったんだな。

だから、なんとなしに「映画でも観ないか?」なんてアカリを誘ってみたんだ。

アカリは「ホラー以外ならいいですよ」って言って、ぼくより先に上りのエスカレーターに乗り込んだ。

なかなかどうして、アカリも乗り気らしかった。

ぼくはこれが普通の世界ならただのデートだな、なんて思いながら後を追ったよ。
62名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)18:55:11.06ID:2zcaQln/.net
映画館の上映スケジュールも電車の時刻表同様ひとりでに機能しているらしく、夏休みの終わりの頃だったから、ポケモンや仮面ライダーのような子供向けの映画も多く並んでいたんだけど、ぼくらはその中から、ありがちな洋画を観ることにしたんだ。

ぼくは洋画ってのは字幕で観るタイプの人間なんだけど、アカリは吹き替えで観るタイプらしくてね。
ちょっとばかし喧嘩めいたディベートのようなものが繰り広げられたんだけど、最終的にじゃんけんでぼくが勝って、字幕で観ることになった。

誰もいない劇場のど真ん中の席にふたりで腰かけて、適当に取ってきたポップコーンを食べながら、観る映画ってのは悪いもんじゃなかったな。

映画も悪くはなかったよ。とてもありがちな、ありふれた名作ってやつだった。

どうも映画ってのはどれも似たようなものに見えて仕方がないな。
本質はずっと似たような話を繰り返し続けていて、表面をとっかえひっかえしているようなものだよ。

同じようなレシピをひたすらに調味料をとっかえひっかえしながら作り続けてているような、そんなルーチンの円環を感じてしまうんだな。

まぁ、そんな話は映画に限ったことじゃないんだろうし、とっかえひっかえしているところの、調味料ってのが何よりもばかになんないんだろうけどさ。

大抵の物事ってのは、考えれば考えるほどばかげている気がして、仕方がないんだな。
1001オススメ記事@\(^o^)/2016/07/02 22:09:00 ID:narusoku