41名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)02:00:34.11ID:eq/MtcBg.net
電車を乗り継ぎに乗り継いで、どうやら本当に東北に向かっているらしいな、と確信めいてきた頃だった。

「わたしの、大嫌いな人のことをむちゃくちゃにしたいんです」だなんてすっとんきょうなことをアカリがつぶやいたんだ。

やっぱり人間というのは、誰彼構わず頭のネジが外れてるらしい。

「大嫌いな人?」

ぼくはそう聞いてみたんだけど、それからアカリが説明を補足する様子はなかったな。

誰にだって話したくないことのひとつやふたつ、あるんだろう。

頭にネジの抜けた穴ってやつがあるなら、そいつを埋めているのは案外、そんな些細な閉塞心なんじゃないかな。
42名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)02:12:29.74ID:eq/MtcBg.net
電車を降りたのは、夜になってのことだった。

ぼくが元々引きこもりだからか、一日中電車に閉じ籠ってるってのも悪い気はしなかったな。

何より、電車から降りたときのなんとも言えない田舎くささがたまらなくてさ。
否が応にも、遠くへ来たんだなという気にさせてくれたね。

駅だってのに人のいない雰囲気もまたそれはそれで似合っているのもこれまた面白い光景だったな。

仮にも田舎の中でも県名を駅名にかかげるまだ大きな駅であろう駅なのに、だよ。

てんで誰もいない風景がお似合いってんだから、田舎ってのは田舎なんだな、なんて思ったな。

誤解のないように言っておくと、ぼくは別段、けなしているわけじゃないんだよ。

ぼくは、そう。そんなところに非日常を見いだしていただけさ。それが、ぼくなりの楽しみ方だったんだ。

でも、隣のアカリはなんだかよくわかんない表情をしていたな。

これからホームで野宿ってんだから彼女の気持ちもわからないでもないんだけどさ。
44名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)11:49:07.60ID:2zcaQln/.net
そうそう、夜のことなんだけどさ。

ぼくは何も音がしない空間ってのはなんだか逆に落ち着かないんだな。

車の喧騒も、電車の走行音もない世界ってのはきみが思ってるよりずっと静かなものなんじゃないかと思う。

深夜、自宅にいるときもそうなんだけど、ぼくはこういうとき、ガラケーやパソコンのカチカチというタップ音ってのも悪くないもんだなって思う人間なんだな。

残念ながら、アカリがぼーっと見つめていたのはiPhoneで、ぼくも駅のコンセントから引いた充電器にぶっ差しているのはiPhoneだもんだから、カチカチ音なんて期待できやしなかった。

しようがないから、ipodをポケットから取り出して、トラックリストをぐるぐるとさまよっていたんだ。

ふと気がつくと、アカリはぼくのipodに少しばかりの興味を示したようだった。

ぼくだって、別にこれといって聴きたい音楽があったわけじゃないから、なんとなしにアカリにipodを渡してみたんだ。

そこで、ぼくらはドラマなんかでよくあるイヤホンの分けあいなんてことをしてみたんだ。片方だけを分け合うっていう、あれさ。

海に行こうなんて思っちゃうくらいだからな。ぼくもそういうわかりやすい青春っぽさってのに少しばかりの興味はあったのかもしれないな。

でないと、そんな気恥ずかしいマネ、できるわけがないよ。

アカリがたどたどしく二、三ほどボタンを操作して、ぼくの右耳に流れ込んできたのはビートルズのアルバムだった。

いいね、非常に大衆的で。
歌詞の意味なんてわかっちゃいないんだろうけど、そこがまた、とてもいい。

なんたって、ぼくらは現状の意味すらいまいちわかってないんだからね。
45名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)11:59:14.01ID:2zcaQln/.net
翌朝、ぼくは慣れない運転をすることになった。

アカリが言うことには、田舎ってのは車なんかがないと移動さえままならないらしい。

ぼくってはおかしなことがあると、笑わずにはいられなくなるんだな。

古典的な田舎のイメージがそのまま写し出されている現状ってのはほんとうにおもしろおかしく思えて、ぼくは笑わずにはいられなかったよ。

アカリもつられて笑っていたし、きみもその場にいたらきっと笑っていたことだろう。
46名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)12:01:26.77ID:2zcaQln/.net
車の調達はそんなに難しいことではなかった。だってそこらの民家から車のキーを持ってくるだけでいいんだからね。

高校を卒業するときの話になるんだけど、親がうるさくいうもんだから、免許自体は持ってない訳じゃなかったんだ。

でも、車に乗ったのは免許を取ったとき以来だったな。

そんなぼくに運転をさせようってんだからアカリも酔狂なもんだよ。

これはぼくの経験則なんだけど、運転が下手なやつってのが運転しているときってのは、運転席にいる本人より、助手席なんかに座っている人間の方がずっとずっと怖いんだよ。
47名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)12:09:55.96ID:2zcaQln/.net
事実、助手席のアカリは少し緊張しているように見えたな。

ぼくは久しぶりに聞く車のエンジン音にちょっとばかりの懐かしさを感じていたわけなんだけど、黙ってばかりってのもやっぱり耐えきれないものだから、アカリに「ここはきみの地元なのか?」なんて聞いたんだ。

アカリは「はい」と小さく頷いて、言葉を続けなかった。どうやら、地元に関して何かを話す気ってのはてんでないらしい。

「嫌いなやつってのはどんなやつなんだ?」

「嫌いなところが多すぎて、何から挙げたものやらってやつです」

「そいつは結構」

これはぼくの持論になるんだけど、何かを好きであれ、嫌いであれ、具体的にどこが好きか嫌いかってのを咄嗟に挙げられないやつってのはそいつのことをたいして好きでも嫌いでもないんだな。

そういうやつってのはただ、何かを好きだとか、嫌いだとか、そんなことを言いたかったり思いたかったりしているだけなんだ。

実に、くだんない話さ。
48名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)13:19:19.80ID:2zcaQln/.net
少し走っていると連なった自販機が見えたもんだから、ぼくらは一度車から降りることにした。

田舎ってのは不思議なことに、自販機に限っては割とそこらにあるものらしい。利益なんてありゃしないんだろうけどね。

少しばかり自販機を眺め回していると、アカリが「トオルさんは、何を飲むんですか?」なんて聞いてきたんだ。

ぼくは「夏だからな」なんて言って、缶コーラのボタンを押した。

夏の炎天下で飲む炭酸飲料ってのが最高だってのはきみもよくわかってくれるんじゃないかな。

アカリは「うどんやハンバーガーの自販機なんかもあるんですよ。知ってますか?」と言いながら紅茶を買った。

缶を開けたときの空気の抜ける音を聞きながら、「へぇ、知らないな」と答えた。

喉に流し込んだコーラの味は、思ってたよりは幾分か期待外れな味がしたな。

こういうものはいつだって、そうなんだよ。
49名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)13:34:26.10ID:2zcaQln/.net
こうやって、ふたりで飲み物を飲んでいるとちょっとばかし、ただの日常の延長線でしかないような気がするんだな。

実はぼくらも人類も透明人間でもなんでもなくて、ぼくらはただただ、現実からの逃避行と称して遠くまでドライブに来てしまっただけなんじゃないか、なんて、そんなことをさ。

なんせ、周りを見たって片田舎で、人のいる世界だろうがいない世界だろうが、この景色はまるっきり変わらない気がしたんだよ。

きっと、世界がどれだけこねくり回さても世界のどこかは何も換わらないままなんだろうな。

神様だって、ぼくらだって、どれだけかけたって世界全部をまるっきり変えることなんてできやしないんだろう。

街中で見かける落書きの類いってのはそんな現実に対する矮小なアンチテーゼ、もしくはまるっきり逆の何かなのかもしんないな。

まぁ、ああいう連中はきっと、何も考えちゃいないんだろうけどさ。
50名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)13:47:08.60ID:2zcaQln/.net
ぼくらは飲み物を飲み終えて、車に戻ってみると、何枚かのCDが積まれていることに気がついた。

せっかくだから何かを再生しようとして、漁ってみると流行りの邦ロックだとか、インターネットで流行ってるような部類のCDがずらりと積んであったんだな。

ぼくは別に音楽の趣味にこれといったこだわりなんかがあるわけじゃなかったんだけど、そのレパートリーから溢れだすミーハーチックには愛しさすら覚えたよ。

「好きなのを選びなよ」とでも言わんばかりに、アカリに目をやると、少し漁って一枚のCDをオーディオに挿し込んだ。

流れてきたのは数年前にインターネットで流行ったような電子音楽だったな。

なんとなしに「好きなのか?」と聞いてみるとアカリは「なんとなく懐かしくて」って言うんだ。

ぼくはそれに対して頭ごなしに「いいセンスだ」なんて返しながら、車を進めるんだ。

世の中ってのはミーハーの山からだって懐古的な感情が掘り出せてしまうんだから、不思議なものだよ。
51名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)14:11:22.16ID:2zcaQln/.net
そんな電子音楽のアルバムを二枚ほど流しきったところで、ぼくらは目的地にたどり着いた。

なんてことはない一軒家だったな。

特筆することもないただの一軒家だった。
そう、ぼくらが回りに回った民家と大して変わらない、どこにでもある民家だ。
これが小説のキャラクターってんなら、間違いなくモブだろうな。

アカリはその家の庭から鉄パイプのようなものを手にして中へと入っていった。
やけに物騒だな、なんて思ったけれど、随分と前から、おおよそこんなことだろうな、と思っていたからぼくは何も言わないことにした。

どうでもいいことなんだけど、今までぼくらが入ってきた民家もしかり、家の鍵ってのを閉めて出ていくような習慣のない家ってのはそれなりに多いらしい。

人間はぼくが思っているよりずっと平和ボケしているのか、コンビニ弁当やCD、DVDたちのようにぼくらの生活との妥協点、折り合いの結果なのか。

きみは気をつけなよ。
鉄パイプ片手に見知らぬ少女が入ってくるかもしれないんだから。
1001オススメ記事@\(^o^)/2016/07/02 22:09:00 ID:narusoku