30名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/29(水)18:23:37.40ID:qBHEFWG1.net
「トオルさんは、この、人がいなくなった世界をどう思いますか?」

アカリがぴちゃぴちゃと波に当てられながら、ぼくにそう問いを投げかけた。

改めて聞かれて初めて気がついたんだけど、世界をどう思うか、なんて世界がおかしくなっちまうよりずっと前から、なんなら生まれてこのかた、考えたことなかったな。

だから、ぼくは「アカリはどう思うんだ?」と質問で投げ返してみたんだ。

そう聞いてみると、アカリは屈託のない笑みを浮かべて「わたしは、居心地がよくて好きですよ」と言う。

その答えを受けて、なんでかわかんないけど、ぼくは思わず溜め息を漏らしてしまったんだな。

そう、そうなんだ。確かに居心地は、世界が狂う前よりずっといい。

「溜め息は幸せが逃げちゃうらしいですよ」

「笑う門には福が来るらしいな」

幸せな人間は笑うに決まってるし、不幸な人間は溜め息を吐くに決まってる。

幸せな人間に福を与えて、不幸な人間から幸せを巻き上げるってんだから最高に理不尽な世界だよ。

そう、そうだな。ぼくにとって世界ってのは理不尽なものなんだよ。

おそらく、今頃はぼくの溜め息で逃げた青い鳥が、彼女の元へと飛んでいっているんだろう。

ぼくは、そんな世界が大嫌いだったんだな。
32名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/29(水)18:37:58.13ID:YZxVMUUR.net
自分が透明になりたい、と思うことはあるよね。
他人の目って煩わしいからさ。

他人が透明になればいい、と思うこともあるよね。
他人の姿って鬱陶しいからさ。

その両方の美しさを描いてくれてる。素敵。
心地のいい[誰か]が、たった一人いてくれさえしたら、
こんな世界は、それこそ理想だと思う。
33名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/29(水)18:45:16.54ID:qBHEFWG1.net
一通り、海で遊び終わったあと、ぼくらは意味もなく周りを散策してみたりもした。

美術館だとか、神社だとか、そんなものがいろいろとあるわけだけど、どうせ人がいないんだからと民家なんかもいろいろと入ってみたんだよ。

どこにも人がいないってのは不思議なもので、場所によってはまるっきり廃墟に見えたりするんだな。

民家なんかは特に不思議なものでね。いくら生活感があっても……いや、生活感があるからこそ、どこか日常の残骸のような気がして、むしろ廃墟めいて見えてくるものなんだよ。

ぼくは昔から廃墟というものに少しの憧れがあったから、ちょっとばかしテンションを上げてみたりもしたんだけど、季節外れの雛壇だとか、趣味で置いてあるであろう日本人形やフランス人形が置いてあったりするとアカリが時折、怖がったりするのはおもしろかったな。

そんな、終わってしまっているかのように見える空間も、実はまだ生きていて。

ぼくらが見えていないだけで、今もきっと、平然として日常のルーチンの最中にあるであろう空間なんだろうって思うと考えさせられるものがあったね。

つまり、空間というのは場所が作るものじゃなくて、人が作るものなんだな、だとかそんなくだんないこととかさ。
34名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/29(水)18:58:55.94ID:qBHEFWG1.net
その日常、というのもね。アカリとこんな話をしたんだよ。

寝る前……そうそう、その日、ぼくらは電車の中で寝ることにしたんだ。

日付が変わる頃、駅に行くとどのホームにも、もう動かない電車がぽつんと止まっていてね。

寝場所に困っていた身としてはありがたい話だったけれど、この世界には車庫というものがないらしい。

もしくは、あってもぼくらのために電車を止めていてくれたのかもしれないな。

何にせよ、本当のところはわかりゃしないんだ。

唐突に世界を塗り替えてしまうような神様の考えることってのはぼくにはよくわかんないからさ。
35名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/29(水)19:19:28.42ID:qBHEFWG1.net
そう、話を戻そう。寝る前にね。

「平然と並ぶコンビニ弁当や、いつのまにか更新されていくレンタルビデオのレパートリー、おかしいと思いませんか?」

アカリがふとそんなことを言ったんだ。

言っちゃ悪いけれど、ぼくは今更だな、なんて思ったよ。
だって、世界が永久凍結していない理由なんて、どうでもいいだろう?
きっと、透明人間が何かしているか、神様が何かしているかのどちらかなんだから。

ぼくが「さぁ、なんでだろうな」なんて流すとアカリは言うんだ。

「もしかすると、わたしたちは透明人間なのかもしれませんよ」なんて、ジョークを言うような口ぶりでね。

「ほら、世界がこんなになっちゃう前でもおかしなことっていろいろとあったでしょう?リモコンやプリントが置いたはずの場所からなくなっちゃったり……それはわたしたちのような、透明人間の仕業なのかもしれませんよ」

「つまり、この世界には人がまだ残ってて、見えないってんだろ?」

ぼくがそう聞くと、アカリは眠気眼を手でこすりながら言うんだ。

「えぇ、きっと。相手も、こちらも、相手のことは見えていないだけで、影響は与えあっているんですよ」

「そんなの、どっちも透明人間じゃないか」

ぼくのその言葉に返事がくることはなかった。

どうやら、アカリは寝てしまったらしい。

ともかくとして、どうやらこの状況はセオリー通りなら、ぼくらが透明人間側であるらしい。

透明人間になれたら、なんて考えたことはあったけれど、透明人間になっても他の人間がこちらから見えないんじゃ、女湯へ入ったりなんてありきたりな行動も無意味に等しい話だ。

ばかばかしい話だよ、まったく。
36名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/29(水)20:10:41.55ID:qBHEFWG1.net
朝起きると、電車は東京に着いていた。

アカリは先に起きたらしくてね。電車の外に出て時刻表とにらめっこをしていた。

ぼくに気がつくと、なに食わぬ顔で「どこまで話しましたっけ」というアカリを見て、一日で慣れてしまう程度には人間ってのは近くに人間がいて当たり前のようなものなんだな、なんて思ったな。

「ぼくらが透明人間っていう話だろ?」

「えぇ、そうでした。わたしたちの行動は世界につじつまを合わされていくのです。リモコンや、プリントをなくしたって自分の過失だったんだなって思い込んで、納得してしまったり」

なんだか、ぼくは自分のことを言われているような気がして、ちょっとむずゆく感じたな。

ぼくはめんどくさがりだから、そういうどうでもいいことは適当に折り合いをつけて納得してしまいがちだったんだよ。
37名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/29(水)20:16:41.10ID:qBHEFWG1.net
「そんなつじつま合わせを、ぶち壊しましょう」

アカリは時刻表からこっちに顔をあげて、笑顔でそう言った。

「ぶちこわすって、どうするんだ?」

ぼくは当然の疑問をぶつけてみたけど、アカリのやつは何も聞いていないかのようにぼくの手を引いて、駅の外に出た。

人のいない都市ってのは、民家と違って廃墟のような空虚さを感じさせるものではなかったけど、それはそれで異様な魅力を持ったものだった。

少し明るさを射してきた風景のなかで、あちらこちらで輝く街灯りが空虚さを掻き消していたんだよ。

全ての喧騒が失われた町ってのは、寂しいような、騒がしいような、不思議な感覚の塊なんだな。

きみも透明人間になる機会があれば、大都市には行ってみるべきだと思うよ。

きっと、後悔はしないね。
39名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)01:39:27.74ID:eq/MtcBg.net
駅を出たぼくらは、近くにあったセブンイレブンから平然と各々好きな弁当と割り箸を持ち出して、また駅の中へと戻ってきた。

本当ならそこらのファミリーレストランや喫茶店なんかでモーニングメニューでも洒落込むんだろうけど、人の消えた世界じゃ店に入ったって自分で厨房に入って作らなきゃいけないんだ。

そんな面倒なこと、してられないからぼくらは既製品であるコンビニ弁当というやつに頼ることになる。
人生でこれだけコンビニ弁当を食べる生活ってのも初めてだけど、同時にこれだけコンビニ弁当のありがたみが身に染みたのも初めてだったな。

コンビニ弁当って身体に悪いイメージがつきまとっているから槍玉にあげられがちだけど、実はとっても素晴らしい代物なんだよ。

ぼくが感謝しているのは弁当そのものというより、手間暇の込められた手間暇の省略についてなんだけどね。
40名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/30(木)01:52:21.24ID:eq/MtcBg.net
アカリはぼくの手を引いて、北行きの列車に乗り込んだ。

「どこへ行くんだ?」と聞いてみると、帰ってきたのは「東北」という実に漠然とした答えだった。

弁当をあけながら淡々としたその返答に、ぼくはそれ以上聞く気にはなれなかったな。

まともな返事が帰ってくる気なんてこれっぽっちもしなかったし、何より単純な話、ぼくもそれなりに腹が減ってたんだな。

何の変鉄もない弁当箱を開いていると、おもむろに電車が走り出した。

心地の良い揺れのなかで弁当が揺れて食べづらかった。
ぼくは、揺れは好きだけどやっぱり適材適所ってやつだなぁなんて考えて、箸を泳がせていたんだけど、ふと横を見るとぼく以上に四苦八苦してるアカリの姿があってさ。

ぼくが見ていることに気がつくと、あかりが少し赤くなって笑うもんだから、ぼくもつられて笑っちゃったな。

どうやら、ぼくもアカリも、それなりに不器用らしかった。

でも、なんだかそれがたまらなく良いことのように思えたのは、なんでだろう。

これはさっきから薄々と感じていたことなんだけど、ぼくは知らぬ間に頭のネジがどんどんと落ちていっているんじゃないかな。なんて思ったけど、いまさらな話さ。

ぼくは頭のネジが一本残らず抜け落ちてない人間なんて、見たことがないからな。
1001オススメ記事@\(^o^)/2016/07/02 22:09:00 ID:narusoku