15名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/29(水)15:48:20.81ID:YZxVMUUR.net
がんばれー
16名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/29(水)15:55:23.25ID:qBHEFWG1.net
数時間も揺られているとそんな電車の音にもどこかで飽きが来るんじゃないか、なんて思っていたんだけど思ったよりずっと退屈することなく、初めの乗り換え駅に到着することになった。

どうやら、ぼくはぼくが思っている以上に飽きっぽくはないらしい。

さて、この電車の乗り換えを持って、ぼくのこれまでの固定観念がひとつ、ひっくり返ることになる。

その駅の腰掛けに、ひとりの少女が座っていたんだ。
18名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/29(水)15:59:48.58ID:qBHEFWG1.net
少女は腰掛けにうつ向いて座っていて、ぼくの足音も電車の喧騒に掻き消されているもんだから、どうやらこちらに気がついちゃいないようだった。

そう。だから、ぼくはその少女を無視することもできた。

そもそも、ぼくは人間ってのが苦手だったんだ。

でも、どうしてだろうな。

もしかしたら既にぼくはおかしかったのかもしれないな。

その場でイヤホンをつけ直したりするような気は微塵も起きなくてさ。

気がつくと、ぼくは彼女の横に腰掛けていたんだ。
21名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/29(水)16:29:31.86ID:qBHEFWG1.net
ぼくが隣に座ると、彼女はとてもあたふたしたようで、言葉が出ないようだった。

でも、ぼくには彼女の気持ちもわかるんだ。
だって、ぼくだっていますぐ慌てふためきたいくらいびっくりしているわけだからね。

そうじゃなきゃ、身も知らぬ他人に話しかけるなんて酔狂なこと、ぼくがするはずもなかったと思う。

「どこに行くんだ?」

タイミングというものはいつだって最悪なものらしい。
ぼくの声と同時に、向かいの線路に電車が駆け込んでくる。

ぼくの声がはたして彼女に聞こえただろうか、と思案していると彼女は顔を上げて、ぼくに言ったんだ。

「特に、あてなんてないですよ」

ぼくはそいつを聞いて、とびきりおかしな台詞だな、と思った。
だって、ぼくも似たようなものだったからだ。

「そいつは奇遇だな、ぼくもなんだ」

彼女は続けて、言う。

「おかしな人ですね」

「お互い様だろう」……そう思ってはいたけれど、ぼくは口には出さなかった。

きっと、彼女はそう言ってほしかったんだろうけどね。
22名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/29(水)16:39:49.39ID:qBHEFWG1.net
「それじゃあ」とぼくが言いかけたとき、彼女がぼくの手を引いた。

「お暇でしたら、少しお話しませんか?」

おかしなことを言うな、と思ったけれど、よくよく考えてみればぼくももう数ヶ月、まともに人と話しちゃいなかったわけで。

彼女はもしかすると、もっと長い間、一人でこの世界をさまよっていたのだとしたら、致し方ないことなのかもしれない。

そもそも、ぼくはあまり人と話すことになれていなくてさ。

あんまり人と話さないものだから、さっきまでの少女との二、三言を交わすだけでそれなりに満足だったわけだけれど、よくよく考えてみるとこれから先何ヶ月、いや何年も一人でいる可能性もあるわけだ。

そう考えてみると、ぼくは彼女ともう少し話すのも悪くないかな、なんて思えた。

いや、嘘だ。

ぼくだって数ヶ月間の一人きりには、ほとほと飽いていたんだ。

どうやら、飽きっぽくないというのにも、限度はあるらしい。
23名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/29(水)16:43:47.97ID:qBHEFWG1.net
ぼくは彼女と他愛のない話をしながら……そう、今日の天気はいいですね、なんてつまんない会話を重ねながら、ちゃんとした会話はいつぶりだろうかってずっと考えていた。

世界が透明になるよりずっと前から毎日毎日、ラジオ越しの声を聞いちゃいたけれど、直接面と向かって話したのはいつだったか、本当に覚えていないくらいだったんだ。

きっとラジオが壊れたあの日にだって思い出せやしなかったと思うよ。

つまり、何が言いたいかって言うとね。

どちらかというと、ぼくが元々透明人間みたいなものだったんだよ。
24名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/29(水)16:51:35.57ID:qBHEFWG1.net
そんな、透明人間だからこそわかることでね。

ぼくと彼女は実に似た者同士だった。

つまりね、会話が非常にたどたどしいんだ。

考えるまでもない、ちゃんと話せるような人間ならまず第一、天気の話題なんてふりゃしないんだよ。

そんな当たり前のことやテンプレートの中に埋もれすぎていて、ぼくは咄嗟にそれに気がつくことができなかったんだ。

そう、本当なら真っ先に聞くべきことだったんだ。

「きみは、いつから世界に取り残されたんだ?」

ぼくがそれを聞くに至ったのは、彼女と出会って一時間ほど、海へと向かう乗り換え列車の発車ホームに腰掛けてからのことだった。

いやぁ、実に遠すぎる回り道だったな。

この質問もいまさらに思い返してみれば、ぼくはどうして「世界に取り残される」なんてへんてこな表現をしたんだろう、なんて思えるけれど、そのときのぼくにはとてもしっくりきた表現だったんだよ。

今、他の表現をしてみろって言われたってあれ以上には何もしっくりこないってくらいには、ぴたりとはまった表現だったな。
25名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/29(水)17:02:40.67ID:qBHEFWG1.net
「もう、数ヶ月も前のことでしょうか」

彼女は最初の頃に比べると、実に滑らかに返事を返してくれるようになったよ。

まるで鏡を見ているようだった。

きっと、ぼくも彼女と同じように話していて、彼女もぼくに対して同じようなことを思っていたんじゃないかな。

コミュ障というものは、いつだって自分をどこかで棚に上げるんだ。

ぼくも例外じゃないけどね。

「これまた奇遇だな、ぼくもそれくらいの時期なんだ」

そういうと、彼女は複雑そうな顔をしていたよ。

そう、彼女は実に鏡のようだった。

この頃になるとお互いに、気がついていたと思う。

ぼくらはきっと同じときに、同じように、世界に取り残されたんだ。

何故かって?

理由なんてないさ。

世界が透明になったことにすら、ね。
26名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/29(水)17:15:35.51ID:qBHEFWG1.net
彼女と列車に揺られながら、ぼくは昔の友人の言葉を思い出していた。

「きみはこれからの話をしないからだめなんだ、きみの好きなファンタジーやSFなんて、いわば描いているものは未来でしかないんだよ」なんていう、戯れ言も甚だしい、耳に痛い言葉だ。

これを言ったのはミズハシっていう、変わったやつでね。

口を開けばよくわかんないことばかりを言うやつだった。

彼の言うことは当時のぼくにはいまいちむずかしくて、覚えている話なんてのは一握りなんだけれど、ときたまふっと思い出すことがあるんだ。

悩み事をしているときに彼の言葉がふっと浮かんだりするから、彼は彼なりにぼくを気遣って言っていたのだろう。

きっと、いいやつなんだろうな。

ぼくは、彼があまり好きではなかったんだけど。
27名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/29(水)17:23:21.79ID:qBHEFWG1.net
「わたし、アカリっていいます」

だから、彼女のその言葉はいわば、ミズハシのいうところの、これからに対する第一歩だったんだと思う。

でも、いったいぜんたい、こんな誰もいない世界で名前が何の意味を持つってんだ?

ぼくは彼女……アカリしか呼ぶ人間はいないし、アカリだってぼくしか呼ぶ人間はいないだろうに。

「ぼくは、トオルっていうんだよ」

でもね。

ここで、ぼくが名乗らなきゃ、頭の中のミズハシがうるさい気がしたんだよ。

そもそも、名前を名乗ることにすらこんな、ちょっとした抵抗を感じているからぼくは、ぼくらはだめなんだ。

そんなこと、わかっちゃいるんだよな。
28名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/29(水)17:34:15.54ID:qBHEFWG1.net
「わたしは、トオルさんと海に付き合うので、それが終わったらトオルさんもわたしに付き合ってくれませんか?」

それは、アカリから初めて聞いた、自己主張の類いだった。

ぼくは驚いたよ。このまま黙って海に着いてくるもんだと思ってたからね。

「そもそも、アカリが勝手に着いてきているだけで、ぼくには何の借りも発生しないだろう?」なんて思ったんだけど、ぼくは口には出さなかった。

そう。どうせ、暇なんだ。
少しばかり、用事が増えたって、どうということもないだろう?

飲み込んだ言葉の代わりに「何をするんだ?」と聞いてみたけれど、アカリは少し笑って車窓の外を眺めるだけだった。

アカリにつられて、窓の外に目をやると、青く澄んだ海が広がっていた。

どうやら、目的地が近いらしい。
29名も無き被検体774号+@\(^o^)/2016/06/29(水)18:14:54.36ID:qBHEFWG1.net
潮の匂いを嗅いだのは、いつぶりだろう。

これまた思い返してみたけれど、面と向かって人と話すよりずっと前のような気がしたよ。

こうやって昔を思い起こしてばかりだからぼくはミズハシにあんなことを言われるんだな。

でも、水着も何も持ってきやしなかったから海でやることもなくてさ。

ぼくはなんとなく、波打ち際で足を濡らすアカリを眺めていたんだ

しばらくじっと見ていると、アカリが「トオルさんも、いかがですか?」なんて言うもんだから、ぼくは笑って首を横に振った。

ぼくは、海に浸かるような趣味はないんだよ。

だって、汚ならしいだろ?

本当、なんで海に来たんだろう。夏というのは魔法のようだよ、なんて思いながら海を眺めてるとひとつ、気がついたんだ。

ぼくは、波の音は好きなんだよな。
1001オススメ記事@\(^o^)/2016/07/02 22:09:00 ID:narusoku